デュエルマスターズ │ プレイヤーインタビュー │ すめらぎ選手

by 安田 悠太郎

デュエルロード。
公式大会。
CS。
DM vault。
Youtube。

様々な場所でデュエル・マスターズをプレイし、様々な選手と交流を持ってきた選手がいる。CardRushProsのすめらぎ(@sumeragi48)だ。

競技環境が整備された近年、競技シーンに力を入れる選手は少なくない。だが、誰もが競技プレイを続けられるわけではない。1度ならず、ゲームから離れた経験のある読者は多いだろう。

そうした中にあって、すめらぎはこの15年間、デュエル・マスターズから離れたことがない。年を追うごとに新たな遊び方に手を伸ばしながらも自分のペースを保ち、挑戦を続けてきた。
突出した能力を持つ選手は幾人もいるが、何でもこなすオールラウンダーは珍しい。

すめらぎの15年間の物語、そしてこれからの活動を聞いた。

プレイヤープロフィール

・年齢:23歳(1996年度生まれ)
・活動地域:茨城県
・公式戦績:2017年度北関東エリア予選 3位
・所属:CardRushPros
・その他:Youtubeにて「すめらぎちゃんねる」を運営中

すめらぎの原点

「デュエル・マスターズ、今まで一度もやめたことがないんですよね」

そう語るすめらぎがデュエル・マスターズを始めたのは、約15年前。聖拳編が発売された2004年だ。
彼は、当時のことを懐かしみながら話してくれた。

「始めたばかりの頃は大会の存在も知らなくて、ただ友達と遊んでいました。昔のデッキで印象に残っているのは、パシフィック青単や白牙ですね。あとは、黒ランデスも強かったなぁ」

パシフィック・チャンピオン》を軸とした速攻デッキ、パシフィック青単。

 

大勇者「ふたつ牙」》から《光神龍スペル・デル・フィン》へ繋ぐ白牙。

 

英知と追撃の宝剣》や《ロスト・ソウル》で相手のリソースを奪う黒ランデス。

 

いずれも、かつての強デッキたちだ。名前を聞いて、当時を思い出す方もいるだろう。

そんなすめらぎが初めて大会に出場したのは、2007年。初めて銀枠のスーパーデッキが発売された年だ。
そのとき開催された「スーパーデッキ・ゼロ・デュエル」が、彼にとって初めての大会となった。

「販売されているスーパーデッキのリストから、10枚だけ差し替えて戦う大会でした。自分は素直にデッキを買って、10枚差し替えて出たんですけれど、店に着いてびっくり。10歳ぐらい上の方が、40枚全部を黒枠のカードに差し替えて出場していたんです。銀枠のカードを使わなければいけない大会ではなく、元のリストからの変化が10枚以内であれば良いので、問題ではないんですが……驚きました」

現代のプレイヤーにはやや想像しづらいかもしれないが、初めてスーパーデッキが発売された時代、銀枠カードに対しては様々な意見があった。その中には、すめらぎが見た銀枠への反発も含まれている。
スーパーデッキの再録の豪華さに由来するものだ。

それまでのデュエル・マスターズは、強力なカードが気軽に構築済みデッキに再録されるゲームではなかった。
例えば、2007年に発売されたスーパーデッキ「ヘヴン・オブ・ドラゴン」には、元のレアリティがスーパーレアであるカードが10枚、再録されている。
一方で2006年の構築済みである「ビギナーズ・ビートスラッシュ・デッキ」には、スーパーレアどころかベリーレア以上のカードが再録されていない。

そんなわけで、スーパーデッキに対しては「努力して高額なカードを集めた既存プレイヤーに対する配慮がない」という声があった。銀枠カードをあえて使わずに大会に出るプレイヤーもいたのである。

そうした声を聞き入れて……なのかは定かでないが、2013年からはゴールデンリストが制定されるようになった。「このリストに名前があるカードは、2年間は再録しない」というリストだ。

物議を醸したスーパーデッキだったが、かつての小学生プレイヤーにとっては、カードの再録はありがたかった。すめらぎも、その例外ではない。

「小学生の頃の自分は黒ランデスを使っていたんですけれど、とにかくカードが高いんですよね。《母なる大地》なんか、シングルで買うと1000円ぐらいしましたし……《魔刻の斬将オルゼキア》も、集めるのに苦労しました」

 

そして中学へ進学後の2009年、エリア予選に初出場。シノビマルコで店舗予選を抜け、エリア予選当日は黒キリコを持ち込んでベスト16入賞を果たす。

 

当時の茨城でよく知られていたのは、さっぴー絶対領域ら「土浦勢」と呼ばれる集団だった。
土浦の隣に住んでいたすめらぎは、店舗予選の時期が来るたびに土浦勢と相対する羽目になった。彼らの独特な構築は、今でもよく覚えていると言う。

そんな彼のCS初出場は意外にも遅く、2014年のことだった。

競技シーンの真っ只中へ

「乗り物にあまり強くないのもあって、遠征が好きじゃないんですよね。だから、CSに初めて参加したのは、茨城県で開催されるようになってからでした」

関東地方に含まれる茨城県だが、CSが初めて開催されたのは2014年だった。県内のショップで開かれた初CSを経験した後、翌2015年には千葉県の江戸前CSに参戦。
そして、プレステージCSで初めてTop8入賞を果たす。以降もTop8入賞を重ね、2016年の第2回ハチ公CSで初優勝した。

Youtubeにチャンネルを開設したのも、2016年。チャンネルの登録者数は現在、約1.8万人ほど。
既に社会人として働いている彼だが、動画投稿は継続している。

「編集にかけるのは2時間程度ですけどね。フェアプロさんなんかは、動画1本を編集するのに5-6時間はかけているんじゃないでしょうか。始めて2年ぐらいであのレベルに達しているんだから、すごいですよね。
自分はあくまで趣味として動画を投稿しているので、動画を通じていろんな方とコミュニケーションが取れればいいなと思っています」

もちろんCS出場も継続しており、今年のDMPランキングでは茨城県1位(暫定)。そうした取り組みが評価されたのか、4月のGP8thの後に、CardRushProsへの所属が決定した。
15年もの間、変わらぬモチベーションの源泉は何なのか。

「うーん……自分は勝っても負けてもやる気が出る人間なので、考えたことがないですね。もちろん、CSでの負けが込んでモチベーションを落とす人や、変わりばえのしない環境を嫌気して離れる人がいるのは知っています。でも、自分はデュエル・マスターズがつまらないと感じたことはないです。強いデッキや、自分に合うデッキを探すと、長く続けられると思います」

昨今、何かと悪玉として話題に上がる《BAKUOOON・ミッツァイル》についても、すめらぎは悪印象を抱いてはいないという。

「確かに《BAKUOOON・ミッツァイル》は強力なカードですが、まだ殿堂がかかるほどではないと考えています。決して環境がこれ1色ってわけじゃないですからね。実際、いまの自分はカリヤドネループを試しているところですし」

「デッキの凶悪さの話は、食わず嫌いで語る人もいるので鵜呑みにはできません。例えば3年前のドリスコジョバンニなんかが典型的ですよね。露骨に強いアーキタイプだった上、ミラーマッチは理解度の差で勝敗が決まる。けれど、使っていない人が多かった。結果的に規制はされましたが……」

ドリスコジョバンニは、《天雷王機ジョバンニX世》で《ドリル・スコール》などの1コスト呪文を使いまわす、ロックデッキだ。GP3rdに愛知のパタが持ち込んだことで広まり、約半年後に《天雷王機ジョバンニX世》が禁止されるまで猛威を振るった。

 

「食わず嫌いされるデッキは、コンボ系の手数が多いデッキ。最近で言えば、青赤ミッツァイルです。コンボ寄りで、手札のキープも難しい。
だから関東では青赤緑ミッツァイルの方が青赤よりも多いんじゃないかな。明らかに青赤の方が強いと思うんですけどね」

すめらぎの基本スタンスは、「殴らず安全に勝つ」こと。この原則に従えば、《次元の嵐 スコーラー》や《ジョジョジョ・マキシマム》でトリガーをケアして攻撃できる青赤ミッツァイルに利があるのだ。

「トリガーが絡む敗北が、一番よくないと思っています。運に依存する負け方なので。確実に勝てるデッキが好きですね。ネイチャーループやロマノフループがそうだし、カリヤドネもそうかな。E3時代の墓地ソースも、《暴走龍 5000GT》を使って安全に勝てるので好きですよ!」

知られざるvaultレーティングの世界

店舗大会やエリア予選、CS、Youtubeなど、様々な場所でデュエル・マスターズを楽しむすめらぎ。ネット上の非公式対戦サイト「DM vault」のレーティング争いをした経験も持っていた。

「2016年から2017年ごろは、vaultに熱中していました。毎晩、開催される大会で、レーティングを上げることにハマっていたんです。レーティングのスタート地点は2000で、頂点と言われていたのは2200。僕やユーリは、その頂点を目指して頑張っていました」

メインアカウントでレーティング2200を達成した後は、サブアカウントでも2200を達成。
なおレーティング2200を最速で達成するには、「大会において、勝率7割を保って43回出場」することが必要だとか。
(出典:DMvaultのレベルと大会とレートについて)

現在、2つのアカウントでレーティング2200を達成した選手は、すめらぎとユーリに加え、ZweiLance、◆斎藤の4名のみ。
偉業なのである。

vaultは無料で登録でき、新しいカードを買う必要もないサイトだ。
もっとも、すめらぎは「リアルカードもいいですよ」と言う。

「リアルカードは目で楽しめますよね、自分はレアリティを上げるのが好きで好きで。昔から初期ホイルの《フェアリー・ライフ》を集めたりしていて、光っているカードが大好きなんです。デッキを組むときも、できるだけ最高のレアリティで組みたい。
こんなだから、モルトNEXTを組みづらいんですよね……GP版は諦めるとしても、CS版も高いじゃないですか、あれって。おまけに今期、既に6度も決勝で落ちていて……」

ポイントと優勝プロモを3度も逃すのは、現在の競技プレイヤーにとっては非常に痛い。すめらぎが目指しているのは、GPのbye付与圏内の100位以内だが、それでも争いは熾烈だ。特に遠征を好まない彼にしてみれば、ポイントは多い方が良い。

「茨城では、花屋さんが頑張ってCSを開いてくださっているので、遠征しなくてもある程度のポイントを稼げています。もともと青森の方なんですが、あの人が立ち上げた” 茨城DM交流会 ”という運営グループがあるおかげで、近隣のプレイヤーはだいぶ助かっていますね」

今後の活動について

インタビューの最後に、今後について尋ねると、すめらぎは次のように答えてくれた。

「今後も、デュエル・マスターズに対するスタンスは変わりません。趣味として全力で楽しんで、いろんな方と交流を持てればなと思います。
競技面では、プロ契約させていただいた際に掲げた目標通り、エリア予選かGPで優勝したいですね。まだ、公式タイトルを取った経験がないので。
実は、次のGP10thのチームはもう決まっているんです。遠征が好きではない関係上、参加を迷っていたのですが、福島のChaserさん、栃木のハーツさんから誘われて、参加を決めました」

Chaserの友人である福島のP-90は、元は茨城の出身。すめらぎとは、2009年にともにエリア予選へ出場した仲だ。その縁で、すめらぎと福島勢の間に交流が生まれた。
福島、栃木、茨城の連合軍で、愛知での戴冠を目指す。

前回のチームGPである6thには、4000人近くが参加した。圧倒的なジョーカーズ環境と思われた中、5Cコントロール/白青ロージア/青黒ハンデスという構成の「卍陸の孤島卍」チームが優勝し、話題になった。

すめらぎの挑戦は続く。

あとがき

すめらぎ選手は近年、珍しいタイプで、ほとんど遠征をしない。「上位15名以内に全国大会出場権」という目標が提示されても無理をせず、自分の手の届く範囲内で戦っている。

そうした点に興味を持って、話を伺わせていただいた。インタビューを通じて見えてきたのは、彼のやり込み度合いの深さだった。

彼は、カードを売ることがないという。おかげで、殿堂入りの被害は甚大だ。「《メガ・マナロック・ドラゴン》は30枚近く、《音精 ラフルル》も24枚は持ち越しましたね」と苦笑していた。

競技プレイヤーの多くは効率を考え、必要な量しかカードは持たない。規制のかかりそうなカードを早めに手放すこともあるし、ときに借りて済ますこともある。すめらぎ選手のやり方は、彼らの選ぶ効率とは対極にある。
けれど、だからこそ良いのだろう。

インタビューの中で、彼は「趣味だから楽しまなきゃ、苦しいのに続けたら仕事ですよ」と語っていた。
趣味なのだから、あくせくしない。好きなだけデッキを作って遊び、やり込む。このスタンスを貫くことこそが、ゲームを楽しむことにつながるのだろう。

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