デュエルマスターズ│プレイヤーインタビュー│あー/中村

By 安田 悠太郎

※画像はデュエルマスターズ公式サイトより引用しました。

史上初めて東北地方でCSが開かれたのは、2010年。その「第1回仙台CS」の立ち上げに携わり、今なお競技シーンの前線で戦い続けている選手がいる。
彼の名は” あー/中村 “。FairyProjectの動画にも度々出演し、奇想天外なギミックのデッキを組み上げることでも知られている。
デッキビルドに対する明確な理論を持ち、現在でも競技大会への出場を続ける彼の物語を聞いた。

※本インタビューを実施したのは、4/28(日)です。

プレイヤープロフィール

・年齢:25歳(1993年度生まれ)
・活動地域:宮城県→東京都→宮城県
・その他:FairyProjectの動画に度々出演

地方プレイヤーの願い

あー/中村は2002年、DM-2からデュエル・マスターズを始めた。最初は集めるだけだったが、DM-4の頃からはルールを覚え、友人たちと対戦するようになる。
しかし2006年、DM-17の発売あたりから部活に時間を割くようになり、不死鳥編の頃にはほとんど離れていた。
復帰したきっかけは、スーパーデッキだ。

「たまたま、最初のスーパーデッキのCMを見たんです。ヘヴン・オブ・ドラゴンとバイオレンス・エンジェルだったかな。それをきっかけに再びデュエル・マスターズに興味を持って、DM-25から再開しました。極神編の第2弾ですね」

競技という言葉がなかった当時から、あー/中村の思考はガチガチの競技プレイヤーだった。

「《母なる大地》を集めて仲間内で一人だけボルバルをぶん回しているような子供だったんですよ、僕。なので復帰後、ふとしたことで見たカードキングダムの動画のターボロマネスクに感動して。
龍仙ロマネスク》の情報が出た段階から《母なる紋章》も集めて、《龍仙ロマネスク》もパック買いやトレードで集めてターボロマネスクを回すようになりました。
まあ……見事に友達がみんな辞めましたね」

《母なる大地》

《母なる紋章》

ターボロマネスクとは、《龍仙ロマネスク》と《母なる大地》、《母なる紋章》のコンボを採用したアーキタイプだ。《龍仙ロマネスク》で増やしたマナを使い、早い段階から《緑神龍ザールベルグ》や《光神龍スペル・デル・フィン》などのクリーチャーを場へ送り込む。

あまりにも凶悪だった為、発売から2ヶ月も経たないうちに” プレミアム殿堂コンビ “という新たな措置が取られ、表舞台から姿を消した。
そんなデッキを好んだ彼が、ハイレベルな戦いの場を求めたのは自然な成り行きと言える。

あー/中村はDM vaultへ登録し、心ゆくまで強力なデッキを回した。公認大会へも通い、同じ仙台のプレイヤーであるUMEBAらと交流するようになった。

だが、公式大会への出場は難しかった。2009年から権利戦制度が採用されたのだが、当時の仙台市内で権利戦を開催した店は1つだけ。与えられたチャンスは少なすぎた。

どうしても、大きな大会に出たい。彼のみならず、仙台のプレイヤーに共通する思いは、CSという形で結実することになる。

そしてCSへ

デュエル・マスターズで初めて開かれたCSは、2007年に中部で開催された第1回おやつCSだ。2009年には関東でもCSが開かれるようになっており、そうした大会の存在はネット経由で東北のプレイヤーたちの耳に入っていた。

「どうしてもCSに出てみたくて、自分たちで大会を開きました。運営も出場できるルールでね。LEONさんっていうお父さんプレイヤーが中心になってくださったんですけれど、ギリギリまで準備が終わらなくて……前日に何人か捕まえてスコアシートを作ってもらったりして、ようやく開催にこぎつけました」

今でこそ認定ジャッジ制度も整備され、ほとんどの都道府県でCSに出場できるようになった。だが当時はまだ大会運営のノウハウがどこにもなく、いずれの運営も手探りで行われていた。現代のCSの盛り上がりは、彼らの努力の上に成り立っている。

「仙台CSの後、誘われて第3回関東CSへ遠征することになります。第2回関東CSで入賞したXkaiさんが、同じ仙台在住者のよしみで誘ってくれたんですね。
ちゃまたちと仲良くなったのはXkaiさんが切っ掛けです。あの方は福島にも度々遠征していて、顔が広かったんですよ」

それ以降、あー/中村は関東や中部へ遠征を繰り返し、競技デュエル・マスターズへのめり込んでいく。福島のトップビルダー、ちゃまと知り合うなど、彼を取り巻く環境は徐々に良くなっていった。
もっとも、常に調整相手が同じだったわけではない。卒業や就職を機に離れるプレイヤーもいれば、新たに東北へやって来るプレイヤーだっている。

「2018年は、それまで一緒に調整していたハザールが関東へ引っ越してしまって、苦しい出だしになりました。
4月にZweiLanceが、9月にフェアリーが仙台へ引っ越して来たんですけれど、ZweiLanceは働いていたので動画撮影が大変そうで。フェアリーとは前から付き合いがあったので、調整というよりは撮影を手伝う形で一緒に遊ぶようになりました。デッキを提供したり、動画の対戦相手を務めたり。
2019年は、ペン山さんが仙台に引っ越して来ました」

ともに第2回レジェンドCSへ出場したハザールは就職の為に去ってしまったが、代わりに北海道からZweiLanceが、青森からフェアリーがやって来た。今年は、新潟からペン山が。
2019年も、東北勢からは目が離せない1年になりそうだ。

9年目を迎えて

競技プレイヤーとしては、9年目を迎えたあー/中村。最近は、より良い調整方法を模索している。

「2018年の夏のチーム戦で、関西の◆ドラえもん選手と組んだんです。そこで、大きな衝撃を受けました。
彼は調整した際の感想を全てデータ化し、自分に送ってくれたんです。それを読んで、彼の圧倒的なやり込み量と、自分の調整のぬるさがよく分かりましたよ。
また同じ頃、dotto選手と対戦した時に色々お話を聞かせていただいて刺激を受けました。◆ドラえもん選手に驚かされていたので、関西勢の調整方法が気になって質問してみたんです」

dottoの返答は「調整環境と対人戦に重きを置いている」というもの。その2つは、あー/中村が自分に足りないと感じていたものだった。
昔より良くなったとは言え、東北のプレイヤー人口はそう多くない。加えて、あー/中村は仕事の都合があり、他人と時間を合わせて対人戦を行うことが難しい。

その悩みに、dottoは「調整環境がないなら自分で作れば良い。強い相手を探すのではなく、身近なプレイヤーを育てて強くする」と言った。

「育てる、という概念には全く思い至りませんでした。とんでもない衝撃でしたよ。そんなことを言っているプレイヤーは初めて見ました。
dotto選手は、試行錯誤の末に恵まれた環境を作り上げることが出来たから日本一になれたと仰っていていました。それを聞いて、自分も誰かを育てなきゃと思わされましたね」

だから、あー/中村はある選手に白羽の矢を立てた。

「今年は、ユウキングを育てたいと思っています。もともとプレイングは上手いタイプなんですが、復帰したばかりでブランクがある。
それでもGPの予選中に新しいプレイを試して勝つなど、試合を重ねるだけで成長していけるプレイヤーなので、ポイント稼ぎを応援したいと思っています。
自分は仕事の都合もあって、CSに毎週出るのは難しいので」

制度上では、ランキング上位に食い込まずとも、GPや超CSで全国大会の参加権利を得ることができる。だが、それは簡単ではないとあー/中村は語る。

「GPではランキングの順位に応じてbyeが付与されますが、それが上位に残れるかどうかに大きく影響する。2byeがあるかないかで全然違います。
だからCSは出得だと思いますよ。言い換えれば、地方のプレイヤーがGPで勝つのは簡単ではない。仕方のないことですけれどね」

ビルダーとしてのセンス

あー/中村は、0からデッキを作れるタイプのプレイヤーだ。最近は組む前の思い付きの段階で、デッキの強弱がある程度わかるようになってきたという。
トーナメントに持ち込むべきデッキの方向性も見えてきた。

「今のデュエル・マスターズは、受けに回っているだけでは勝てません。自分が勝つ為の動きの中に、相手への牽制となる要素が含まれている必要がある。じっとカウンターを狙うのではなく、真っ向から殴り合うデッキでなければいけないんです。カードパワーが上がったから」

また、実戦では相手がミスをすることもままある。それを見逃してはいけないと、あー/中村は指摘する。

「このゲームで一番多い勝因は、相手のミスです。そう考えると、ゲームごとの結果に執着しても大した意味はない。重要なのは、期待値を信じて自分のスタイルを貫き通すこと。そうすればいつか、期待通りの結果に巡りあえるでしょう。
だからデッキのビルドに際しては、安定要素と上振れ要素をバランス良く入れるよう心がけています。安定するだけのデッキは、確率が下振れただけで負けが込んでしまいますからね。
ZweiLanceなんかは、この理屈通りにきちんとプレイしていると思いますよ」

とは言え、抽象的な考えを具体的な論理に落とし込み、デッキへ組み入れるのは容易ではない。
実際のビルドにあたって気をつけていることを聞くと、こんな答えが返って来た。

「デッキを組む上で大事なのは、枚数を削る力だと思っています。積みたいカードを積むのは誰でもできますが、削るのは難しい。
具体的に言えば、4×10枚のデッキリストはダメです。手札で同じカードが被ると選択肢は減る。ツインパクトの登場によってプレイの介入度が高くなったので、常に複数の選択肢を手札に持ち、自分の意思で戦況を変えていけるように組まなければいけません。
だから削る力が大事なんです。4枚必須に見えるカードを削って3枚にする力が。スペースができれば、自分に必要なカードのみならず、相手に対応するカードも採用できてゲーム中に選択肢を持てますから。
例を挙げるなら、4×10枚の白赤轟轟轟は論外ですよね。あのデッキは手札が増えません。おまけに前のめりなデッキだから、カードを引く回数も少ない。となると、ほとんど初手にあるカードで戦うことになる。そんな大事な初手で、同じカードが何枚も被ったら戦えませんよね。被ったら弱いカードは削りましょう」

あー/中村が目指す場所

「自分は、CSに毎週出場するのは難しい」と話すあー/中村。だが、現代の競技デュエル・マスターズはランキングを中心として設計されている。
現状を踏まえ、彼はどこを目指すのか。

「改めて聞かれると難しいな……デッキを組む側、ビルダーではいたいですね。ビルディング能力を売りにできるような何か、かな。趣味で生活できるようになりたいとは、ぼんやり思っています。
今までかけてきた労力、やってきたことをこのまま終わらせたくないんですよ。積み重ねを活かせる場所に行きたい」

これはTCGに限らずでしょうけれど、と彼は苦笑した。趣味を仕事にする、ということは、どの分野でも誰でも夢見るだろう。

こうした” 夢 “は近年、現実へと変わりつつある。シャドウバースやリーグ・オブ・レジェンドといったe-sportsと呼ばれるゲームが、日本国内でプロリーグを展開。
アナログTCGでも、MtGがMPLを立ち上げ、選ばれた32人の選手に約750万円の年俸を保証した。

ゲームだけではない。筆者の趣味の話で恐縮だが、LEGOの世界でも三井淳平氏が三井ブリックスタジオを創業、プロのレゴビルダーとして生計を立てている。

趣味で培った能力を活かし、生きていく。現代では、決して不可能なことではない。
あー/中村の夢もまた、現実に変わるかもしれない。

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