プレイヤーインタビュー | ばんぱく

今回はCard Rush Pros所属ばんぱく選手についてのインタビュー記事をラッシュメディアにて紹介させていただきます。


By 安田 悠太郎

GP8th直前、競技デュエル・マスターズ界に激震が走った。株式会社RUSHdottoばんぱくをスポンサードし、DMプロ部門の創設を発表したのだ。

史上初のDMプロプレイヤーである004が契約を満了し、プロを抱えるのは1団体のみとなっていたこのゲームにおいて「しばらくは増えないだろう」と思われていた” プロ “という概念。
それが覆された。プレイヤーはもちろん、GP8thの公式メディアチームも一通りではない衝撃を受けた。

震源となった「ばんぱく」は、どのような人物なのか。彼の物語を聞いた。

プレイヤープロフィール

  • 年齢:21歳(1997年度生まれ)
  • 活動地域:新潟県→埼玉県→新潟県→東京都
  • 公式戦績:甲信越エリア予選2017 1位、全国大会2017 30位、甲信越エリア予選2018 3位、全国大会2018 22位
  • 所属:株式会社RUSH
  • その他:-

デュエル・マスターズ、そしてCSとの出会い

ばんぱくがデュエル・マスターズと出会ったきっかけは、コロコロに掲載されていた漫画” デュエル・マスターズFE “だった。
熱い展開に魅せられコンテンツに興味を持ち始めた時、親戚に誘われてハマった。極神編、2007年の出来事だ。ばんぱくは10歳である。

「小学生って、友達の家に集まってスマブラで遊んだりするじゃないですか。でも僕、あの手のゲームが苦手だったんです。
自分が好きだったのは、1人でコツコツ努力できるようなゲーム。だからスマブラは好きになれなくて……そんな時に、デュエル・マスターズに出会ったんです。自分の好きなタイプのゲームだと感じて、ハマりました」

ばんぱく少年はカードショップに通い、公認大会へ出るようになった。そして2012年、CSと出会う。

「通っていたお店の常連は年齢層が高めでした。その常連たちがある日、CSに出ようって話していて。それで興味を持って、自分もそのCSに出場しました」

” そのCS “とは、2012年3月20日に開催された第1回ガルドCSのことだ。東北勢が突然変異と名付けたアーキタイプを持ち込んだことで知られている。
出場したばんぱく少年は、当然のようにボロ負けした。けれど、楽しかった。

「公認大会に20人来ただけで、今日は人多いなーって思っていたんですよ。でも、あのCSは定員128名。カルチャーショックを受けました。
結果は負けでしたけれど、知らない人と対戦できてすごく楽しかった。公認大会だと、いつも同じメンバーで戦うことになりがちですから」

そんな彼は、高校進学に際して引っ越すことになる。行き先は、よりCSの多い関東地方だった。

北陸から関東へ

引っ越し先は埼玉県。生活が落ち着くと、ばんぱくはさっそく近所のショップに通い始めた。

「埼玉では、” 大宮勢 “と呼ばれている人たちと知り合いました。養分丸、おでんでんや、Nさんなんかがそうです。地理的に千葉からも来やすい場所だったので、高槻さんなんかとも一緒に遊びました」

ばんぱくは高校3年間を埼玉で過ごし、ひたすらCSへ出続けた。
高校生活最後の年である2015年にはCSサポートが正式に始まり、プロモーション・カードが配布されるように。優勝プロモの《「必勝」の頂 カイザー「刃鬼」》を狙い、CSを回った。

「《「必勝」の頂 カイザー「刃鬼」》の時期は大学受験と重なっていたんですけれど、勉強していてもついついデュエル・マスターズのことを考えてしまう。結局、早い段階で合格した新潟の大学への進学を決め、一般入試は受けませんでした。とにかくCSに出たかった」

だが、勝てない。この時はまだ、理由が分からなかった。

勝てない理由

進学し、新潟へ戻った後の2017年。あるアーキタイプが、ばんぱくに” 勝てない理由 “を教えてくれた。
その年の冬から流行り始めた《ベイB ジャック》入りメタリカである。

「2013年から2014年にかけてかな、ヒラメキスネークの流行があったじゃないですか。僕はあのデッキの勝ち負けを、運の良し悪しと同義として捉えていました。
でも《ベイB ジャック》を使ってみて分かったんです。当時の僕は間違っていて、だからこそ勝てなかったんだと」

ヒラメキスネークとは、早期召喚した《予言者ローラン》に《ヒラメキ・プログラム》を唱えて《偽りの名 スネーク》を出し、《偽りの名 スネーク》を起点とした大量展開を行うデッキだ。
理想的な初期手札なら3ターン目にはコンボが動き出し、《ダイヤモンド・ソード》でゲームが決まる。

「《ベイB ジャック》を軸としたメタリカは、プレイ中に多くの選択肢を持てるデッキでした。ループして勝っても良い、《S級原始 サンマッド》でコントロールしても良い……そこで気づいたんです、勝敗を分けるのは自分自身の選択だって。
思えばヒラメキスネークも同じでした。自分には《予言者ローラン》と《ヒラメキ・プログラム》の組み合わせしか見えていなくて、初手でそれが揃うかどうかのゲームだと思っていました。
でも優勝するプレイヤーとそうでないプレイヤーを分けるのは、揃わなかった時の対応なんですよね。メインの勝ち筋を引き込めなかった時、引けたカードでどう戦うか。どう戦うことを選ぶのか。僕にはそれが見えていなかった。
もちろん、運の要素もありますよ。でも最後に勝つのは、選択肢が見えているプレイヤーなんです」

新しいステージへ

開眼したばんぱくは、2017年度の甲信越エリア予選で優勝。自身初めてとなる全国大会への進出を決めた。
途端に、周囲の彼を見る目が変わったと言う。

「それまでの自分は” 勝っている人たちの知り合い “という立ち位置でした。でもエリア予選で優勝すると、急に” 勝っている人 “という目で見られるようになった。
そのおかげで、一般に強いと言われているような人たちと交流が持てるようになりました。向こうから声をかけてくださったりして。
なんて言うか、実績1つでフィルターが外れたとでも言えばいいのかな」

声をかけられるようになっただけではない。全国大会以降、CSのフィーチャーエリアに呼ばれる回数が明らかに増えた。おかげで知名度が上がり、また新たな強豪と知り合い……遠征の度、それが繰り返された。

そして、ばんぱくはある決断に至る。

2018年5月のゴールデンウィーク。新潟から関西へ遠征した時、「大学を辞める」という選択肢が浮かんだ。
脳裏にあったのは、2017年度終盤の熾烈なランキング上位争いだ。dotto、HARU、darkblue、ロマサイらのTop3を巡るデッドヒートを見て、惹かれた。自分も加わりたいと願った。

思えば、受験にさしたる労力を割かなかった。大学に思い入れはなく、それは学業も同様。
このまま大学に通ったとして、卒業するまで気力を保てるのか。卒業したとして、それが何になるのか。

親と話し合い、彼は退学を決めた。

オールイン

6月に退学届を出すと、7月に東京へ引っ越した。ポイント稼ぎを始めたのはそこから。各地の友人たちは、頼めば快くデッキ案を提供してくれた。
そうして各地を転戦する中で、気づいたことがある。

「2017年度と2018年度以降のゲームには、明確な違いがあります。それはプレイヤーの強さとカードの強さが逆転したこと。《ベイB ジャック》の時代はプレイヤースキルで対処できない状況がしばしばありましたが、2018年度からは違う。
ベイB ジャック》のプレミアム殿堂入りはもちろんですが、ツインパクト・カードの登場が大きく影響しています。1枚のカードが複数の効果を持つようになったので、プレイヤーの選択がより一層ゲームへ影響するようになったんです。それで、上位陣の勝率が安定するゲームに変わった」

幸運にも、ばんぱくは勝率が安定した側のプレイヤーだった。2018年度シーズン、彼は” 全国大会直前のランキングTop3 “に与えられる招待権を手にしたのだ。
2年連続となる、全国大会出場だった。

競技デュエル・マスターズへの想い

DMPランキング設立から3年目となる今シーズン。いくつかの課題は残るものの、世界に1枚しかない《勝利宣言 鬼丸「覇」》の登場や、デュエマGPの大規模化など、着実に競技シーンは進化している。
そうした状況の中、ばんぱくが課題として上げるのは” 新人発掘 “だ。

「今の競技デュエル・マスターズの上位陣って、古くからプレイしている人たちで固定されている傾向が強いでしょ。それってコンテンツに良い影響をもたらすんだろうか、と疑問に思って。
先日行われたMtGのGP京都2019で、GP初出場のベ・デギョン選手が優勝されたじゃないですか。ああいう出来事が、デュエル・マスターズでも起こってほしい。
今すぐは、難しいかもしれませんけどね。ランキングが5,6年続けば、今の上位陣に憧れたプレイヤーが強豪として参戦してくる……のかな。どうだろう」

そう話すのは、2018年の甲信越エリア予選で見た光景に衝撃を受けたからだ。

「今って、ランキングの上位報酬でエリア予選の出場権利が付与されるんですよ。で、その権利は出場エリアを任意選択できる。
その弊害が、昨年の甲信越エリア予選でもろに出ていました。楽に勝てる穴場と踏んだのか、関東からの遠征者が何人も来ていてね。それでTop4のうち、2人が群馬、1人が東京でしょ。まあ、東京ってのは僕なんですけど……。
エリア予選って、ポイントを稼ぎづらい、遠征しづらい地方の人たちにとっては、ほとんど唯一の全国大会への参加手段なんですよ。だから、狩場になるような制度は作るべきじゃない。
選手は、効率の良い制度があれば使わざるを得ないですからね」

GP8thのメタゲーム予想インタビューでも「新しいものが見たい」と、競技シーンの登場人物が固定されてしまうことを嫌気していたばんぱく。
彼が望むのは番狂わせだ。

「例えば、全国大会で言えば出場枠を増やすとか。参加者が増えればイレギュラーも起こりやすくなる。現実問題、いろんな制約があって難しいのは分かりますけどね。そういう観点から言えば、超CSの優勝者に全国大会への出場権利を付与する施策はとても良いと思います。
というのも、超CSってすごく平等な大会なんですよ。Byeの付与がないから、全員が同じラインからスタートできる。実際、過去の優勝者たちは、全国ランキングの上位勢ではないですよね。良い大会だと思います」

制度に対する、熱い想い。自身がCSを楽しみ続けるために変化が必要なのだと、彼は言葉を継いだ。

「様々なプレイヤーと交流が増えたことで大きなメリットを享受して来ましたが、デメリットもある。どのCSへ行っても、上位卓で当たるのは互いに手の内を知っているプレイヤーばかりなんです」

CSで普段の調整相手と対戦したとして、そこに目新しさはない。普段と変わるところのない、調整の延長線上にある対戦になってしまう。
TCGの面白さは、ゲーム展開が常に変化していく部分にあるのではなかったか。

インタビューの最後に、彼は言った。

「僕は、見知らぬ強豪と戦いたい」

ばんぱくという選手が選んだ在り方は、この一言に凝縮されている。

彼の競技人生は、新潟県の小さな公認大会から始まった。埼玉県でいくつものCSに出場し、そして《ベイB ジャック》を機にゲームの本質を知った。彼のゲームに対する認識は、次々と塗り替えられて来た。
ばんぱくにとってのデュエル・マスターズの面白さとはきっと、変化し続けることだったのだろう。彼が惹かれたのは、静止ではなく流転する世界だった。

だからばんぱくは、今年も目指すのだ。あらゆる強者が最後に集う場所、全国大会を。まだ見ぬ誰かと戦うために。

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